宇宙の無限の暗闇は、時として星々の光によって美しい模様を作り出していた。
その壮大な背景の前に、ジオンの新型MSリック・ドムが一機、静かに浮かんでいた。
赤く塗装されたその機体の中で、シャアは無線のノイズを静かに聞いている。
「シャア、木馬の位置を特定した。行けるか?」
ガルマの声が無線を通じて聞こえた。
シャアの目に一瞬だけ炎が宿ったが、すぐにその感情を抑えた。
ガルマとの関係、ガンダムとの戦い、それらはシャアの目標への道を照らす星々のように、心の中で輝いていた。
「了解だガルマ、木馬を強襲する、そのための機体だ。」
シャアはコクピットの中で深呼吸をした。
目の前には、壮大な星の海が広がっている。
星々の光がシャアを迎えてくれているようであった。
リック・ドムは、これまでのザクに比べて高性能な機体であった。
その機動力と火力、防御力は、ガンダムにも匹敵するかもしれなかった。
シャアはリック・ドムの戦闘力に自信を持っていた。
だが、ガンダムとの戦いで感じた戦慄は、未だ彼の心に刻まれている。
その技量、動き、そしてその存在を。
シャアはその全てを理解し、打ち勝つ方法を探っていた。
リック・ドムの操縦桿を握り、ペダルをゆっくり踏み込む。
赤いリック・ドムは、ガンダムと木馬が待つ宙域へと進軍を開始した。
木馬ことホワイトベースへ接近するにつれてシャアの緊張感が高まっていったが、脳は自分でも驚くほど冷静だった。
シャアは、機体のコントロールと自身の呼吸に集中する。
「ガルマ、木馬を確認した、距離5000、方角2-7-0。」
「良し、シャアくれぐれも気を付けてくれ、ファルメルからはザク2機を出撃させる。」
リック・ドムは、そのスピードと機動性で木馬に急速接近する。
シャアの目は冷静だが、手には微かな震えが走っていた。
それはガンダムのパイロットに対する武者震いともいうべきものだった。
ホワイトベースは、カイ・シデン伍長とハヤト・コバヤシ曹長の乗る2機の中距離支援型MSガンキャノンを展開していた。
ホワイトベースの戦闘ブリッジではオペレーターの叫び声のような報告が響いていた。
「ブライト艦長!高熱源体が急速接近中です!!おそらくモビルスーツです!!とんでもないスピードでこちらに向かってきます!!」
「何機だ!?」
「1機です!!データにはない機体です!!」
「1機だと!?カイとハヤトのモビルスーツを前方に展開させろホワイトベースに近づけさせるな!対空防御!!弾幕を張れ!!」
ブライト・ノア中尉はさらに指示を出す。
「アムロ!ガンダムで出るんだ!敵はデータにない機体だ!何が出てくるか分からん!気をつけろ。」
「了解です。ブライトさん。」
ガンダムのパイロット、アムロ・レイはコクピットからモニター越しに応える。
「シャアだ、奴が来たんだ…。」
アムロは独り呟き、白いモビルスーツ・ガンダムの操縦桿を握りしめた。
木馬はシャアが予想していたよりも、遥かに強力な防御を展開していた。
2機のMSからの攻撃と、木馬からの迎撃は絶え間なくリック・ドムを狙い続けた。
しかし、赤いリック・ドムを激しく機動させ、シャアはすべての攻撃を難なく回避する。
「ふっ・・そんな直線的な攻撃では・・」
その動きはまさに赤い彗星の名に相応しいものであった。
だが、木馬からの攻撃の激しさに、攻めあぐねているのも事実であった。
シャアはビームバズーカを一発放つ。
2機のモビルスーツの攻撃が一瞬止んだ!
シャアはすかさず木馬に接近を試みるが、突如襲いかかってきた一筋のビームがそれを阻む!
間一髪で回避に成功するも、シャアには分かった、奴が来たのだと。
「来たな、ガンダム!」
「赤いモビルスーツ…シャアだな!」
ビームが意思を持ったかのようにシャアを襲う。
それとほぼ同時にリック・ドムもビームバズーカを放つ!
ビーム同士が激突し衝撃波とともに搔き消される。
カイとハヤトは近づけずにいた。
「墜ちろ!!」
シャアのリック・ドムは、ガンダムにヒートサーベルで一撃を加えた。
しかし、ガンダムはそれをかわす。そしてビームサーベルを構え、リック・ドムに襲い掛かる。
「シャア!!」
その動きは、シャアが以前感じたものよりも、遥かに洗練されていた。
ガンダムのビームサーベルを、ヒートサーベルで受け止めるリック・ドム。
「ちいっ!…そんなもので…!」
アムロとシャアは、距離をとりながら、ビームライフルとビームバズーカを撃ち合う。彼らの戦いは、宇宙の暗闇の中で、星々の光を背景に繰り広げられた。
ビームとスラスターの光が闇を照らし、その光が星々と一体となって、
宇宙全体を彩っているかのようだった。
その動きは、まるでこちらの動きを先読みしているかのようだった。
シャアは、ガンダムのパイロットが戦いの中で進化し続けていることを感じた。
その時、味方からの通信がシャアの耳に響いた。
「シャア少佐!援護します!」
それはファルメルからの援軍のザク2機であった。
「デニムとスレンダーか!?」
その瞬間。スレンダーのコクピットがガンダムのビームに貫かれた。
ザクは、胴体を中心に、くの字に折れ曲がり、やがて爆光に包まれた。
「スレンダー!!」
「おのれ!よくもスレンダーを!!」
デニムは怒りに震え、マシンガンを乱射しながらガンダムに突撃する。
「よせ!!デニム!!退け!!」
次の瞬間、ガンダムのビームサーベルの光束が、宇宙を切り裂く。
気が付くとデニムのザクの上半身と下半身は真っ二つに切り離されていた。
「デニム!やられたのか!?」
そしてガンダムのいる反対側からカイとハヤトのガンキャノンがシャアのリック・ドムを狙い撃つ。
しかし、それに当たるシャアではなかった。
赤いリック・ドムは華麗に回避運動をしながら、カイのガンキャノンに急接近する。
「うわああ!!くるな!!」
ヒートサーベルの一閃は、ガンキャノンの左足を切り飛ばした。
「ぐわああああっ!!」
カイの絶叫がコクピットに響き渡る。
更にシャアがビームバズーカを撃とうとしたその時、一筋の光に襲われる。
後退するシャア。
「ええい!ガンダム…。」
その時、ガルマの声がシャアの耳に響いた。
「シャア戻れ!帰艦しろ!」
それは戦闘宙域にたどり着いたファルメルからの通信だった。
ガルマの言葉にシャアは一瞬戸惑った。
しかし、すぐにリック・ドムを後退させ、ホワイトベース隊から距離をとった。
ファルメルはガンダムに向けて一斉射撃を開始した。
アムロはその攻撃をかわし、反撃の構えを見せた。
しかし、その動きはシャアとガルマの連携には敵わなかった。
赤いリック・ドムとファルメルからの同時攻撃は、
アムロを少なからず戦慄させた。
「アムロ!赤いモビルスーツに執着しすぎないで!帰艦してください!」
その言葉は、ホワイトベースの通信士セイラ・マスからの通信だった。
金髪で美しいその女兵士は、美しく力強い、よく通るその声で、戦場に向かうホワイトベース隊のパイロットたちを優しく鼓舞していた。
「了解です。セイラさん、帰艦します。」
ガンダムはホワイトベースに退却していったが、シャアはそれを追撃しなかった。
シャアは、木馬に退却していくガンダムを見て、
何故か妹のアルテイシアのことを思い出していた。
言葉にすると「懐かしい匂い」とでもいうべき感触を木馬の戦闘中に感じた。
いや、感じたというほど明確なものではなかったかもしれない。
しかし、復讐のために旅立つ自分を、
「キャスバル兄さん!」と、必死で追いかける、金髪の少女アルテイシア・ソム・ダイクンの姿を、今は思い出していた。
ザク2機を失ったファルメルは、星屑の挟間に浮かんでいた。
戦いは終わり、ガルマはシャアの動きを見て、彼の技量と冷静さに感服していた。
しかし、同時にシャアの中に、自分がまだ理解できない何かを感じていた。
未来は星屑の挟間に向かっていた。